写真集

NO NUDE1、2、3 + NUDE by KISHIN

N%20by%20K%20%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%80%E3%83%AD%E3%82%B4.jpg

0006Numero%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF_a.jpg

写真は、事件や時代を追うものではない。写真こそが、事件であり時代でなくてはならないのだ。
篠山紀信が2009年しかける、フォトプロジェクト、NUDE by KISHIN+NONUDE by KISHIN、いよいよ始動。
これこそが、「写真事件」だ!!


2009年1月より写真集『NO NUDE by KISHIN』
3タイトルを毎月1冊リリース。


N%20K_%E5%8E%9F.jpg

NO NUDE1 20XX TOKYO 09年1月下旬刊
オール撮りおろし。近未来感ただようディープな東京という都市×裸体の夜!!

N%20K%20_b%E3%82%AD%E3%83%A9%E3%83%A9.jpg

NO NUDE2 AKARUI KIRARA 09年2月下旬刊
オール撮りおろし。超美少女KIRARAとKISHINのスーパーコラボ。あまりにも明るすぎる!!


N%20K_%E7%A7%8B%E5%B7%9D%E3%83%AA%E3%82%B5.jpg

NO NUDE3 VIRGIN LISA 09年3月下旬刊
女優・秋川リサが1970年、18歳のときに撮った初々しい、幻の未発表ヴァージン・ヌード。
いよいよ初公開!!


2009年4月、40年にわたるNUDE PHOTOとリミックス編集した450ページにおよぶ大冊
『NUDE by KISHIN』が、ついに登場!!!。

NbyK%E8%A1%A8%E7%B4%99_a.jpg


写真=篠山紀信
ブックデザイン=井上嗣也
編集=後藤繁雄
出版=朝日出版社


ヌードを超え、さらなるヌードへ。
篠山紀信は、NUDEとNO NUDEの両極を、ラディカルに往復運動し続ける。

 最も信頼すべき西洋美術史家であったケネス・クラーク卿は今から「半世紀前」、
その名著「ザ・ヌード」の第1章を、次のように書き起こした。「英国語は、巧みに
幅広くその語彙を活用し、はだか(naked)と裸体像(nude)とを区別している」
と。彼は、nakedが「着物を剥ぎとられて、ちぢこまった、無防備なもの」であるのに対し、
nudeは、「均整のとれた、すこやかな、自信に満ちた肉体」のイメージなのだと言う。
そして実はこの言葉(nude)は、18世紀初頭の批評家がつくり出したものなのだと
言うのである。
 たしかにアートの長い歴史のはてに、「nude」にはある種の「美の理想」が投影
されたにちがいない。しかし美術史上の問題以上に重要なのは、人間がやむにやまれぬ
衝動につき動かされ、アートの中心に裸体をモチーフにし続けてきたことだろう。
たしかに絵画は、みっともない自然のままのnudeではなく、天上のnudeを模索してきた
、実はnudeとは、この世をトランスフォームするための装置であったと考えたけれど
ほうがよいのではないか。つまり理想の美をアート化するのではなく、実現をパラダイス
とするためのものとしてのnudeのあり方。
 しかし、社会は裸が現実を変形させることの誘惑を拒否してきた。むき出しにすることは
インモラルな犯罪であり、裸はスキャンダラスなものとして扱われた。
 写真は絵画とちがい、むき出しにする。もちろん美しく、むき出しにしなければならない。
したがって絵画以上に写真は取り扱いが上級篇であった。NUDEは、写真を進化させるための
大きなモチーフだったが、KISHINほど、一貫して自分の写真行為の中心にnudeをおいてきた
写真家は、世界広しといえど、今やいないだろう。彼はずっとnudeという鏡をつかい、
移りゆく社会や時代の欲望をつかまえてきたのである。それも、コトバ以上のハイスピードで。
一見今の世は、あらゆるボーダーがのりこえられ、すべてがオープンにとき放たれているかに
見えるが、実は、今の世ほど古い倫理《モラル》へ回帰し、陰湿な犯罪が増えている。
文明は官能美学《エロティクス》へ向かっていると言ったのはスーザン・ソンタグであったが、
アートに使命があるとすれば、時代の保安化なしに新たなのモラルの次元への旅を
続けることにちがいない。その意味でKISHINが、この時点で「nude宣言」を行ない、
 そしてNO NUDEと題した写真集をたて続けに発表し、そして、大冊『NUDE by KISHIN』を、
発表することはなんとラディカルなことだろう。アートがアートたりうる資格は、
つねに逸脱の持続にある。つまり、KISHINが、NUDEという一見、古典的に思える
モチーフにこだわることフロントラインにいることを意味していると思われる。
 この4冊の写真集は、KISHINによる、あくなきNUDEによる戦闘宣言だ。KISHINのnudeは、
かぎりなく野獣のように洗練され、そして「明るい」。これこそが
我らが文明の官能進化の甘く美しい果実なのだ。(後藤繁雄)


写真集 2008.12.27.Sat