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これは貴重!Numero 6月号で5人の大アーティストの館を再現

篠山紀信が撮影し、今はすべて故人となってしまったバルテュス、マン・レイ、三島由紀夫、澁澤龍彦、ヴィスコンティの館をNumero Tokyo 2008年6月号が特集した。

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篠山紀信は敬愛する偉大なアーティストの住空間を撮影したことに自身が次のように語っている。


 「空間の持っている官能性が心をざわめかす。そういう想いを全部写真にしています。この5人のアーティストに共通することは、全員もうこの世にはいない、それこそ『ヴィスコンティの遺香』というか、亡骸が醸し出す香り。生前は空間をすごく活性化して動いていたんだろうけれども、主がいなくなることによって、なんとも言えない寂しさと官能の匂いが立ちこめてくる。それを頼りに撮ったんだと思います。カメラマンというのは、遺香なんてきれいな言葉で言っているけど、死臭を嗅ぎつけてそこへ行き、すべてを撮ってくる禿鷹みたいなもの。でも、そうやって撮らないと二度と見られなくなってしまうんです。ヴィスコンティに関して言うと、撮影をした時にはもう亡くなってから5年経っていました。こういう生活感というものはどんどん散逸してしまうわけです。現実にイスキアの別荘は、全部銀行管理になっていて、それを1ヶ月かけて、住んでいた人が再現してくれたんです。ヴィスコンティはすごく花が好きだということで、撮影用に花をたくさん買って来たけれど、当時の人から見ると『こんなもんじゃない。もっと溢れかえっていた』と言うんです。ただ風呂場に入った時にびっくりしました。赤と青のステンドグラスの色がカーっと差し、バスタブに当たって、バスタブの横にある彫刻を照らしているのが、そこだけ娼婦宿みたいですごく「エロイな」と感じたんですよね。そのとき、ヴィスコンティの映画の持っている官能的なエロティシズムの本質を、彼のプライベートな場所で見てしまった気がして、興奮しましたね」(誌面より)


そこに棲んだ人間がつけた手垢や思い、息づかいの漂う空間にはなんともいえない官能の臭いがする。懐かしさとともに滅び行く者が醸し出すエロティシズムがどの空間にも秘そんでいる。

これらの作品はすべて写真集や雑誌の特集から選ばれたものでその初出本をここに記す。

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バルテュス『Balthus』1993年、朝日出版社


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マン・レイ『アール・ヴィヴァン 15号』1985年、西武美術館


三島由紀夫『三島由紀夫の家』1995年、美術出版社


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澁澤龍彦 『みづゑ 第945号』1987年、美術出版社


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ヴィスコンティ『ヴィスコンティの遺香』2007年、小学館

メディア 2008.06.03.Tue